男34歳。はじめて「火垂るの墓」を観る。

社会

これまで「ジブリを愛してやまない系」の記事をいくつも書いてきました。

ただ、白状するとジブリの中でどーしても観れない映画があったんですね〜。

そう。「火垂るの墓」です。

 

「4歳と14歳で生きようと思った」というキャッチコピーで1988年にトトロと同時上映された高畑勲監督の作品。

当時、幼稚園児だった自分はマリオに夢中だったので全く知りませんでした。もう30年近く経つんですねぇ。マリオ…。あ、いや、火垂るの墓。

火垂るの墓が子供たちに与えた衝撃度

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自分の世代だと小学生くらいに「金曜ロードショー」で観ていろんな意味で衝撃を受けたって人の話をよく聞きます。

いつも大抵夏休みにやってましたよね。

自分の小学校でも放映の翌日から、

「プールに来なくなる」

というアバンギャルドなヤツがいました。

もうね、いろんな意味で衝撃がハンパなかったそうです。あとで聞くと火垂るの墓を観てから全然寝付けずに朝までもがいていたらしく…。

で、完全に昼夜が逆転して「夜寝られない身体」になったことを嘆いてました。まぁ、冷静に考えても小学生には消化できない話だと思います。

ずっと観れなかった

・・・と、そんな話を聞いてたので、自分は「火垂るの墓」を頑なに拒んでたんです。

単純に「恐そう」とか「悲しそう」って感覚を超えて「観ちゃいけない」ってレベルで拒否ってました。

まずもって100%落ち込むな〜って分かってたんで・・・。まぁ、いろんな人から話を聞いてたんでストーリーは概ね知ってたんですけどね。

ただ、自分にも妹がいるし必要以上に感情移入しちゃいそうで完全に自己規制してたんです。

 

ただですね、

 

自分も既に34歳の中年。もう少年じゃない。

大人の教養としても火垂るの墓が観れないなんて言ってられないなぁ・・・と思ったわけです。

ましてや、このブログではこれまで散々ジブリフリークを公言してるんですし。

ここはなんとしても「観てないジブリ映画があるんかい!」というツッコミを頂戴する前に観なければ。

 

そして意を決しました。

 

ジブリで唯一観てない「火垂るの墓」に挑んでみようと。

で、どうせ観るなら真正面からこの映画に向き合おうとして、家族が寝静まった夜中に一人で観ることにしました。

感想

率直な感想として、観終わってから1週間以上も頭から離れなかった映画は生まれてはじめてです。

「毎日思い出してしまう」

これが一番の感想ですね。

自分の中でこれほどまでにインパクトを与えた映画は他に無かったかもしれません。

高畑監督もインタビューで言ってましたが、これは「反戦映画」じゃないですね。もっと人間の奥のほうにある卑劣さみたいなものをリアルに描いた映画。

戦争という極限状態の中で人間が何をしてしまうのかというポイントを過剰なほどのリアリティを持たせて表現した作品だと思います。

観ていてゾッとする場面がいくつもありました。14歳の清太がした行動は子供が考えられる精一杯のことで悪気はまったくない。

けれども、結果的にその行動から残酷な結果を迎えてしまう。

これが「戦時下の日常」だったのかもしれません。

衝撃的すぎていろいろ調べてみた

火垂るの墓の原作者は野坂昭如さん。

調べててまず驚いたのが、火垂るの墓は野坂さんの「実体験」をもとに作られた話であるということ。戦争末期、実際に妹さんを栄養失調で亡くされた贖罪の思いからこの話を書いたということでした。

野坂さんはこの映画を何年も観ることができなかったそうです。

 

自分は例によって鈴木プロデューサーのラジオ「ジブリ汗まみれ」で野坂さんの人物像は知ってたんですが、調べてみると仕事の実績もさることながら数多くの逸話があってホント驚きました。

  • おもちゃのチャチャチャの作詞家
  • 伊東に行くならハトヤの作詞家
  • 直木賞作家
  • わいせつ物頒布等の罪で有罪判決
  • 参議院議員に当選
  • 大島渚さんを壇上でぶん殴る(そしてマイクで殴り返される)
  • ダウンタウンの番組企画で浜ちゃんと殴り合いの喧嘩

いろんな意味で錚々たる実績ですよね。それと実際に小説も読んでみたんですが、文体が特殊なんです。

句点(。)が極めて少なく無駄のない文章でどんどん引き込まれていく。なんというか不思議な魅力がある人です。

空気を読む人・空気を読まない人

野坂さんが空気を読むような人じゃなかったことは数々の逸話から明らかですけど、「火垂るの墓」の高畑監督がインタビューでこんなことを言ってました。

これがなんか考えさせられるんですよねぇ・・・。

「空気を読む」と若者が言うでしょう。

私はこの言葉を聞いて絶望的な気持ちになります。

私たち日本人は昔と全然変わっていないんじゃないか、と。

周りと協調することは良いことですが、この言葉は協調ではなくて同調を求めるものです。歩調を合わせることが絶対の価値になっている。

日本人は昔から意見の対立を好まない。皆を仲間内にして、和気あいあいとして争いを避ける。

寄り合いも全員一致主義で、どうしても駄目なら村八分にする。

個を確立し、意見が異なっている人との違いを認め、その上でうまくやっていくという努力を好まない。

議論を戦わせない。古くからあるこの体質によって日本は泥沼の戦争に踏み込んでいったのです。

私はこれを「ズルズル体質」と呼んでいますが「空気を読む」なんて聞くと、これからもそうなる危うさを感じずにはいられません。

言われてみれば、日常的に繰り広げられるネット上での炎上騒ぎとか、ワイドショーのポジショントークとか、めちゃくちゃ空気を読みまくってますよね。

自分も仕事では空気を読みまくってるしなぁ。(もはや空気かもしれない)

打ち合わせとかでも意見を戦わせるなんてことはほとんどないし、なかなか討論にはならないんです。

なんとなく強そうな勢力に流れていくって気持ち悪さはずっと感じてました。

 

長いものに巻かれるという風潮。

これが戦争に向かわせるってのは極端な意見だけど、言わんとすることはわかります。これが日本人の強みでも弱みでもあるんでしょうね。

ただ、空気を読まない人が生きづらい社会であることは間違いないと思うんです。

そーゆー人が忌み嫌われたり、ワイドショーやネットで集中砲火で吊るし上げにしたりって事案は今もおきてますし・・・。

当時、野坂さんも相当叩かれたんだと思います。

こーゆー同調精神は昔も同じだったんですかねぇ。

 

火垂るの墓を観て、いろいろと考えさせられた今日この頃でした。

ということで、今日はここまで!

コメント

  1. casemaestro89 より:

    火垂るの墓はなかなか意味深な映画ですよね。オープニングから「死」ですし。
    実はうちのオヤジも神戸生まれ神戸育ちで、一つ間違えたら主人公兄妹と同じ目に遭っていたと。
    (私から見た曾祖母のウソの電報で神戸から奈良に1日だけ疎開して無事で、帰ったら焼け野原になってたらしい)
    いちおう昭和史の研究者なので、「空気読む」というのが危険だということは認識しています。
    「何故太平洋戦争が起こったか、一言で述べよ」
    って問題があったら、私は「空気が起こしました」と答えます。
    その「空気を作った人間(マスコミ)」と「空気に踊らされた人間(国民)」がいちばん反省せず、自分は悪くない悪くないと傷を舐め合っている。残念ながら在野の一研究者から見るとこれなんです。日本人何も反省していない(笑

  2. onionpetas より:

    BEのぶさん (id:casemaestro89)
    そうでしたか。当時の神戸はこの映画と同じことが至るところであったのかもしれませんね。恐ろしい状況です。
    「空気を作った人間」と「空気に踊らされた人間」って区分けで考えると今もキレイに分かれてますよね。ホント昔と変わらないんだ・・・ってことを再認識しました。

  3. Saru_chaaan より:

    「やまだくん」だけは見てないなーー

  4. Saru_chaaan より:

    登録ありがとうございますー。

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